声のお仕事、身体のお仕事と心地よいライフスタイルを追求します(*^o^*)


by satomi117h
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夏休み…

遅い夏休みで実家に帰っていました。


夏休みといっても、高齢の両親の生活を少しでもサポートするための
罪滅ぼし期間でしょうか。

父の検査で病院への付き添い、

お墓参り&お寺さんとのちょっとした話しあい、

ご近所さんに、普段両親がお世話になっているお礼に行って、

親戚のおじさんちに行って、

ケアマネージャーと会って、

掃除して、

母の携帯電話デビューの特訓…

あっという間に5日間は終わってしまいました。



一番心が痛んだのは、

父の病状が、5月の連休からずいぶん進んでいるように思えたこと。


何もする意欲がなく、横になっている時間が多いせいか
足もとがずいぶんあやしくなっていました。

年に1回、秋田の専門の病院で検査を受けていて、
電車で1時間ちょっと移動するのですが、

来年は、電車での移動は、ちょっと無理かなぁ…と。


多くの時間を費やしたわけではありませんが、

両親と一緒にいて、高齢者や患者さんの目線で生活してみると

ほんとに辛く思えることがたくさんあります。


近所の駅には、エレベーターもエスカレーターもなく
急な階段を上り下りしなくてはなりません。

足もとがあやしい父も、
脊柱管狭窄症で、長時間連続して歩けない母にとっても、一苦労です。

秋田駅についても、エレベーターもエスカレーターのないホームもあるし、

運よくあっても、乗り場までは遠かったり…。

駅ビル内のエレベーターで1階に降りても、タクシー乗り場までは遠かったり。

実家の街のバスは、いまだに古いステップ式の乗降口で、

乗り降りするお年寄りは、ホントにつらそうです。


ごみの収集場は、遠いところに変わっていました。

家からは200メートルぐらいあります。

今でも大変そうなのに、
雪の多い冬、足もとが悪い中を歩く母のことを考えると、
涙が出そうになりました。


実家の町は、一頃、福祉の町を標榜していて、

一頃盛んに、老人福祉施設の充実に力を注いだそうです。

今、父は、週に3日のデイサービスを受けて、
確かに、その恩恵を受けていますが、

ちょっとした日常生活の中で、

我慢は当然と思って声を上げない方はたくさんいます。




長野オリンピックの頃、

事故で片足を失ったパラリンピックのスキー選手と出会い、

一緒にスキーをしたり、飲んだり、騒いだり…親しく交流したことがありました。

彼は、遠征などで欧米を転戦していたので、

各国の身障者を取り巻く環境について聞いたことがありました。


日本では、代わりにやってあげることが良いと思われているようなところがあるけれど、

欧米では、身障者が自立できるような環境を整えることに

まず重きを置いているといっていました。

学校でも会社でも、公園でもデパートでも、劇場でも、

身障者が行動を制限されることのない設備を含めた環境作りが第一で

それでもできないことに関しては、手をかす。

そんなスタンスだと。


なるほどと思いました。

人として自由にふるまえることを大切にする。

これは、ホントの意味で、人として尊重するということなのだと、とても感慨深く聞いたことを思い出しました。


お年寄りに対しても、同じことなんじゃないかと、

十数年前の会話が、突如、胸に迫ってきました。


そんな街でも、

嬉しく思うこともありました。

駅の階段で、よろめく両親を遠巻きに見ていた高校生たち。

やがて散っていく中で、

後方から、なお、ずっとみていた男子が一名、

『大丈夫ですか?』と声をかけてくれました。

父を支えていた私は、母の手を引いてくれるようにお願いしました。


結構、明るくお喋りな母は、
どこの学校?なんて聞いています(笑)

ウチの弟の後輩でした!

当の弟は、企業戦士の年頃で、年に1回も実家に帰るかどうか…。

そんな遠くの弟より、ご近所の目元涼しげな後輩高校生は、

優しく母をエスコートし、去っていきました。

『ほんとに有難かったよぉ。
ジュース代あげようと思ったのにぃ…』

と母。

若い世代のエネルギーは、格別にキラキラしています。

私たち家族に、元気を、ありがとうね。
by satomi117h | 2009-09-07 00:01 | 今日のとぱーずむ~ん | Comments(0)